はやくもバズワード化しつつある「拡張現実AR」
セカイカメラ - Sekai Cameraがファッションイベントで披露された。機能を制限した試作版だがTVやブログ等、反響は少なくない。そして、多くのメディアが拡張現実として紹介されている。
では、果たしてセカイカメラ - Sekai Cameraは拡張現実と呼べるのか?私はかなり疑問に思う。というのは、今回披露されたセカイカメラ - Sekai Cameraはそもそもカメラビューがなくても成立するという代物だ。PlaceEngineによる位置推定を使うならiPod Touchでも動作することになる(常時カメラビューを表示するのはバッテリーを消耗することにもつながる)。製品名にカメラとついているわりには、本質的にカメラ機能を使っていないというのは個人的にしっくりこない。
この辺りはhachimitu blogさんが一刀両断しているので引用。
いやいや(笑)、セカイカメラ-Sekai Cameraにテクノロジーはないです。今回使っているテクノロジーはPlaceEngineです。クウジットさんのものです。 セカイカメラ-Sekai Cameraの良い点はコンセプトでしょう。
え!?ちょっとまってよ。それはエアタグじゃなくて、ジオタグですよね?
私は拡張現実という新しい分野が仮想現実と同じ道を歩むことを危惧する。Second Lifeはすばらしいコンセプトとテクノロジーで登場したわけだが、期待が一人歩きして過剰な投資によるバブルが起きてしまった。マスコミによる影響はかなり大きい。Second Lifeバブルがはじけた後、この分野の同様な事業メタバースは一気に下火になり多くのサイトが幕を下ろした。最近少し復活のきざしがあるものの多くの人に多大な影響したことに違いはない。
過剰な投資は製品やサービスが実力以上の評価を得たときに起きる。日進月歩のIT産業、特にWebテクノロジーではとても変化が激しい。専門家でも製品やサービスの本質を見抜き、正当に評価することはかなり困難だ。また、日本では技術者の地位や発言力が極めて弱いためよくわかっていない人の意見に大多数の人が流されがちだ。
では、拡張現実という概念の本質は何だろうか?文字通り現実を拡張するという解釈はナンセンスだ。現実を拡張する道具はわれわれの周りにあふれている。あげればきりがない。Wikipediaの定義はあいまいといわざるおえない。
現実環境にコンピュータを用いて情報を付加提示する技術、および情報を付加提示された環境そのものを示す。これに加え、「現実をデジタル化することによって」とするのはどうだろうか。
現実をデジタル化することによって、現実環境にコンピュータを用いて(以下略)
まだ何も始まっていない拡張現実があっという間にバズワード化してWeb2.0のように消えていくのだけは避けたい。現実をデジタル化する技術さえ確立されれば、拡張現実という分野は大きく発展するポテンシャルを秘めている。皆が待ち望んでいる新しい産業になりうる。
ラベル: ar, augmented reality, 拡張現実


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