使う側による自己組織化
宮本茂氏はマリオの生みの親でゲームヒット作を多く手がけ、ゲーム業界のヒーローだ。
とくにアメリカで絶大な人気で毎年誕生会には多くのファンが集まり、海外で尊敬されている数少ない日本人の一人だ。
私は故・横井軍平氏の「枯れた技術の水平思考」という考え方に強い感銘を受けた。
(実は十字キーは彼の発明だ。)
横井氏も任天堂出身だが、今回は宮本茂氏のインタビューを取り上げたい。
「Wii Music」誕生の背景--任天堂の宮本茂氏インタビュー
わたしがゲームをデザインする際に、常に念頭に置いていることが2つあります。1つ目は、ゲームプレイに目標や目的を設定するとしても、プレーヤー自身がゲームを掘り下げ、自分自身のゴールを見つけ、興味をかきたてられる要素を見つけられるようにすることです。もう1つは、プレイしている本人だけでなく、後ろで見ている人にとっても楽しいものにするということです。つまり、見物人が思わず「わたしもやってみたい」と言ってしまうようなゲームです。
宮本氏のスタンスは常に遊ぶ側にある。
ゲームの「目標」「目的」はゲームルールで、プレイヤーにとっては「縛り」だ。
そこで、「自分自身のゴール」があるとプレイヤーにとっては「自由」が生まれる。
この「縛り」と「自由」のバランスがゲームのクオリティを決定する大きな要因となる。
Webサービスについても「縛り」と「自由」の概念が適用できる。
例えば、2chは匿名性が高くユーザ登録が不必要で誰でも閲覧できてとてもゆるい。
ただし、2chは掲示板のスレッドごとに個性があり独特の文化のせいで、奇妙な「縛り」が育っている。
mixiは招待制で会員のみ閲覧できる。
また、足跡や連帯責任のため縛りが強い。
こういった「縛り」がうまく機能するとちょうど良い秩序が生まれ居心地がよい。
「縛り」のベクトルによって使う側は「自分自身のゴール」を見つける。
それが「自由」だ。
「縛り」と「自由」のバランスがよいとユーザは思いがけないサービスの使用方法を発案する。
使う側による自己組織化だ。
これはWebサービスが爆発的に普及するきっかけになる。
「縛り」が弱い方が自己組織化は多様化して結果としてサービスは充実する。
しかし、弱すぎる「縛り」はユーザが何をやったらよいか分からないのでつまらない。
「縛り」が強すぎるとサービスが肥大化した時にシステムは硬直化するか緩やかに自己崩壊する。
どんどんサービスが窮屈に感じられかユーザの嗜好の変化に対応できなくなる。
Facebookはアプリケーションの開発を開放することでうまく自己崩壊を回避した。
サービスの開発すらもある程度「自由」にすることは有効な解決策だ。
といっても、開発にはルールがつきもので「縛り」と「自由」のバランスからは逃れられない。
Facebookはビーコン機能で痛い目にあった。
最近Webサービスとゲームの違いがどんどん縮まっている気がしている。
ゲームの方はNintendo DSのトレーニング系ゲームのヒットにより実践的なゲームが急激に増えた。
一方Webサービスはアミューズメント化している。
人間は楽しいものを求めるので当たり前と言えば当たり前だが、Webサービスを考えるときにゲーム開発のノウハウがとても役に立つのかもしれない。
ラベル: オピニオン
